レディ・プレイヤー1の話
オタクの、オタクによる、オタクのための映画―――と評されるレディ・プレイヤー1を見てきました。
スティーブン・スピルバーグ監督最新作である本作は、ネット上のVRゲーム空間"オアシス"に隠されたイースターエッグ=製作者のお遊び要素をめぐって繰り広げられるアクションアドベンチャー。隠された3つのゲームを制覇したプレイヤーには56兆円の遺産とオアシスの運営権を与える―――制作者が死に際に放った一言は、人々をVR空間の海へと駆り立てた。世はまさに、的な。いざ、私たちもスクリーンを超えてゲームの世界へ。
READY
▶ PRAYER 1
PRAYER 2
まず、今回3Dで見てきたんですが、これがメチャクチャ良かったです。映画の大半がVR空間=CGであるオアシスで展開するということもあり、3Dとの相性は抜群!特に映画冒頭のオアシスへの接続シーンで本当にスクリーンという障壁を超えてゲームに入っていくような没入感が最高!監督がYouTubeの特別映像で明かしている通り、没入感を高めるべく現実世界とVR空間の3D設計が異なる作りになっていて、久しぶりに3Dで見た価値があったと確信できる作品でした。
この映画を語る上で外せないのは、やっぱり版権の部分でしょうか。映画、音楽、ゲーム。かつてこの世の全てのオタクコンテンツを手に入れた版権王―――というわけではありませんが、巨匠スティーブン・スピルバーグの力なくしては実現不可能だったと確信できるほど様々なコンテンツへのパロディやオマージュが散りばめられているのは、予告や広告でも散々喧伝されているところです。アベンジャーズのようにマーベル・ヒーローたちが共闘するだけでもドリーム・チームと言われる映画ビジネスの世界で、(予告や公式サイトで既出の情報なので書いちゃいますけど)登場人物がデロリアンやAKIRAの金田バイクを乗り回し、ストリートファイターやオーバーウォッチのキャラクター達が闊歩し、キングコングやティラノサウルスが暴れまわり、メカゴジラとガンダムが並び立つ、そんなハリウッドムービー!監督はスピルバーグ!……いやいや嘘でしょ、と数年前の私なら間違いなく斬って捨てるような話ですが、実現してしまったのが今作。オタクための映画と言われる所以の一つでもあります。
実は80年代から現代にいたるまでのポップカルチャーがこれでもかと盛り込まれていることにも、一応きちんとした理由付けがなされています。オアシス内のイースターエッグを探すゲームが開催された直後、手がかりとして製作者の全情報が開示されたのです。そして製作者の趣味嗜好=1980年代~2010年代までのポップカルチャーを知ることが、隠されたエッグへの一番の近道であるというワケ。ぶっちゃけ原作者と監督の趣味が多分に入っているのは間違いありません。オタクによる映画と言われるのが、このあたり。
ポップカルチャーへの造詣の深さはエッグへの近道であると同時に、この映画を楽しむための基礎知識でもあります。パロディやオマージュは気付くことが出来たほうが楽しいですからね。しかしまぁ、その辺はスピルバーグ監督ですから、ネタばかりに走らず演出と脚本でしっかり引っ張ってくれますし大丈夫。100点の映画が120点になる、オタクで良かった!という感じ。
映像体験としてはもう100点に近い点数を付けても良いと思う今作ですが……私としては映画のラスト、最後のメッセージは正直どうなのという感が拭えませんでした。あ、ここからネタバレアリです。
映画のラストは、見事ゲームに勝利してオアシスの経営権を手に入れた主人公がVR世界に"週休二日制"を導入し「VRも良いけど現実を大事にね」と幕を引きます。これは2045年の作中でVRに熱狂する人々へのメッセージというよりは、スマホに捕らわれている現代人へ向けた皮肉だとは思います。それでも、子供のころから「ゲームは1日1時間」と耳にタコができるほど言われてきた我々からしてみれば、そんなの分かり切っていることなんです。VRが見せる未来を描いたSF作品でそれを否定するなんて、あんまりじゃありませんか?ふざけんなですよ。
劇中でオアシスの製作者が「現実こそがリアルなんだ」という言葉を主人公へ投げかけます。調べると英語版のセリフは「Reality is real」だそうです。同じシーンに「何故なら美味いメシを食べれるのは現実だけだから」というセリフがあるので非常にややこしいことになっていますが、私は字面通りに受け取るべきではないと考えます。
「美味いメシ」とは一見人類にとって普遍的な幸福のように思えますが、何を美味いと思うかについては個人差があり、極端な例を言えば味覚障害を持つ人にとっては幸せとはなりえません。同じように喜怒哀楽全ての感情に個人の差があるものです。つまり、現実・VR空間に関わらず、個々人が感情を動かされリアリティを感じることが出来る場所こそがリアル(Reality is real)なんだと、製作者は説いているのだと思います。だとするならば、主人公がオアシスに導入した週休二日制はお門違いもいいところで、他人のリアルを奪う行為に他なりません。例えば現実が死ぬほど苦しい人でも、オアシスの中では希望を掴むことが出来た人もいたはずです。
その辺を主人公たちに履き違えたままにさせておくのは……なんというかスピルバーグおじいちゃんの老害的な考え方なのかな、と邪推してしまいます。あまり考えたくありませんが。オタクの、オタクによる、オタクのための映画―――但しおじいちゃんから若者にに向けた、というイメージになってしまったのが残念でした。
ラストシーンについては色々と書きましたが、映画としては普通に面白く、ネタ探し的な意味でも何度も見たい映画だと思います。長々と書きましたが、レディ・プレイヤー1、是非劇場で、3Dで見てみてもらいたいです。
映像体験としてはもう100点に近い点数を付けても良いと思う今作ですが……私としては映画のラスト、最後のメッセージは正直どうなのという感が拭えませんでした。あ、ここからネタバレアリです。
映画のラストは、見事ゲームに勝利してオアシスの経営権を手に入れた主人公がVR世界に"週休二日制"を導入し「VRも良いけど現実を大事にね」と幕を引きます。これは2045年の作中でVRに熱狂する人々へのメッセージというよりは、スマホに捕らわれている現代人へ向けた皮肉だとは思います。それでも、子供のころから「ゲームは1日1時間」と耳にタコができるほど言われてきた我々からしてみれば、そんなの分かり切っていることなんです。VRが見せる未来を描いたSF作品でそれを否定するなんて、あんまりじゃありませんか?ふざけんなですよ。
劇中でオアシスの製作者が「現実こそがリアルなんだ」という言葉を主人公へ投げかけます。調べると英語版のセリフは「Reality is real」だそうです。同じシーンに「何故なら美味いメシを食べれるのは現実だけだから」というセリフがあるので非常にややこしいことになっていますが、私は字面通りに受け取るべきではないと考えます。
「美味いメシ」とは一見人類にとって普遍的な幸福のように思えますが、何を美味いと思うかについては個人差があり、極端な例を言えば味覚障害を持つ人にとっては幸せとはなりえません。同じように喜怒哀楽全ての感情に個人の差があるものです。つまり、現実・VR空間に関わらず、個々人が感情を動かされリアリティを感じることが出来る場所こそがリアル(Reality is real)なんだと、製作者は説いているのだと思います。だとするならば、主人公がオアシスに導入した週休二日制はお門違いもいいところで、他人のリアルを奪う行為に他なりません。例えば現実が死ぬほど苦しい人でも、オアシスの中では希望を掴むことが出来た人もいたはずです。
その辺を主人公たちに履き違えたままにさせておくのは……なんというかスピルバーグおじいちゃんの老害的な考え方なのかな、と邪推してしまいます。あまり考えたくありませんが。オタクの、オタクによる、オタクのための映画―――但しおじいちゃんから若者にに向けた、というイメージになってしまったのが残念でした。
ラストシーンについては色々と書きましたが、映画としては普通に面白く、ネタ探し的な意味でも何度も見たい映画だと思います。長々と書きましたが、レディ・プレイヤー1、是非劇場で、3Dで見てみてもらいたいです。
GAME OVER
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