熱帯の話

森見登美彦氏の新作、「熱帯」を読みました。森見先生の小説の中でもかなり捻った作品で、かつ森見先生の私生活にがっつり食い込んだお話なのでファン以外にどう映るのか不安でしたが、無事本屋大賞にノミネートされていましたね。 誰も最後まで読んだことが無いという1冊の小説 、の小説。それを聞けば「ハァ、不思議な本のお話なのね」と誰もが思います。しかし、これがなかなかトンデモナイ小説でした。 冒頭は森見登美彦氏の書くエッセイのテイで始まります。学生時代に古書店で見つけた一冊の本、謎めいた文章に心惹かれて大事に読んできたその本が、ある朝目を覚ますと枕元から消えてしまっていたそうです。新しく買いなおそうにもその「熱帯」という小説は、著者以外の一切が不明で、16年たった今も探し続けているのだといいます。そんな折、友人に何らかの謎を抱えた本を持ち寄って語り合うという、沈黙読書会なるものに誘われます。そこで出会った女性が大事そうに抱えていたその本は、彼が追い求めてきた「熱帯」その本だったのです。女性は「熱帯」にまつわる自身の体験を語り始め…… 「あぁこの"熱帯"は、この手元にある"熱帯"なのか」 ここで読者は気付くワケですね。 誰も最後まで読んだことが無い小説が、自分の目の前に開かれているということを。 読者も一緒になって小説の謎を追っていく―――かと思いきや、物語は中盤で急転直下、思いもよらぬ方向へ進みます。そこからは筆者の想像力の赴くままに話が進み、その中で小説を読むということ、小説を書くということ、小説とは、小説家とは……といった話を書きながら、ジャングルの中へ分け入っていくような底の見えない話が続くようになります。 ネットの感想を読んでいくと、前半と後半の雰囲気があまりに違うことで戸惑ってしまって、そこで振り落とされてしまった人が多いみたいですね。前半を書き終えたところでスランプに陥ってしまい本書の刊行にあたってその大風呂敷をようやく畳めたという経緯を私は知っていたため、森見先生らしい前半の勢いのある展開も楽しいのですが、筆者の苦悩がありありと見える後半こそが本書の見どころのように感じました。 そしてなんと言っても最後の仕掛けですよね。 私は果たして本当に熱帯を読み終えたのでしょうか。それともまだ熱帯...